福井県北部、九頭竜川(くずりゅうがわ)の河口と日本海が交わる場所に広がる三国湊は、江戸時代から明治時代にかけて北前船の寄港地として栄えた歴史深い港町。今でも往時の面影を残す町家や古い商家が並び、昔ながらの風情を感じることができます。
その三国湊にある「オーベルジュほまち 三國湊」は、古民家を改修してつくられた宿泊施設で、昔の町家の趣と現代的な快適さが融合した空間です。館内のレストラン「タテルヨシノ 三國湊」では、国内外で活躍するシェフ・吉野建氏が監修する本格フレンチを地元の旬の食材とともに楽しむことができ、特別な旅のひとときを演出します。
アクセス・チェックイン
古民家を改装したオーベルジュへ
東京駅から北陸新幹線に揺られ、内陸の山々や街並み、時折のぞく日本海の青を楽しみながら約3時間。福井県に入り、最初の停車駅であるJR芦原温泉駅に到着します。ここから宿の送迎車に乗り換え、約20分ほどで「オーベルジュほまち 三國湊」 に到着します。
また、えちぜん鉄道・三国駅からは徒歩約8分と、鉄道利用でもアクセスしやすい立地。さらに、小松空港からは車で約1時間と、飛行機でも訪れやすい場所にあります。
三国湊は北前船の寄港地として栄え、華やかな文化が育まれた町。かつては歌川広重(二代目)がそのにぎわいを描いたほどで、歴史的な価値が評価され、現在は日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」にも認定されています。
こうした三国湊の豊かな歴史を未来へつなぐために誕生したのが、「オーベルジュほまち 三國湊」です。チェックインを行うフロント棟には、江戸から大正期にかけて商店や問屋が宣伝用に配った引き札(チラシ)が壁一面に飾られ、にぎわっていた当時の空気を今に伝えています。
ウェルカムドリンクとして用意されているのは、福井県産の日本酒やソフトドリンク。フロント棟では、まち歩きや三味線体験など、三国湊ならではのアクティビティを予約できるほか、宿泊者が利用できるフィットネスルームも備わっています。
客室
三国湊の町に点在する江戸~昭和にかけての建物をリノベーションし、まるで暮らすように滞在できるのが、「オーベルジュほまち 三國湊」の大きな魅力です。客室は9棟16室あり、フロント棟から最も離れた棟でも徒歩10分ほど。町の中へ歩みを進めるほど、日常から離れて特別な場所へ来た実感が深まり、心がワクワクしてきます。
武道がテーマの「矢羽根」
お部屋の名前には、織物や工芸品に使われてきた日本の伝統文様が採用されています。「矢羽根(やばね)」と名付けられた客室は、凛とした雰囲気が特徴です。
広さは71.23平米で、1階のリビングルームはゆったりとくつろげる広さ。キッチンにはIHコンロや調理器具、食器類もそろっています。
冷蔵庫の中には地元のお茶やクラフトビールも。ドリンクは宿泊料金に含まれているので、滞在の始まりに一杯楽しんでみてはいかがでしょうか。
窓の外には、大きな石の手水鉢(ちょうずばち)や灯ろうを配した日本庭園が広がり、そばにはこの地域ならではの笏谷石(しゃくだにいし)も置かれています。淡い青みを帯びた独特の色は「ふくいブルー」と呼ばれ、現在は採掘されていない貴重な石材です。
さらに、雪見障子を通して窓を開けずに庭の景色を眺められるため、静かで落ち着いた美しさをいつでも感じることができます。
内装は新しくしつつも、できる限り当時の雰囲気を残したいという思いから、柱や梁だけでなく、かつての住まいのオーナーが大切にしていた調度品も客室に飾られています。
「矢羽根」で迎えてくれるのは、平安貴族を描いた屏風と山水図の掛け軸です。どちらも大切に保管されてきたことが伝わり、当時の丁寧な暮らしぶりが感じられます。誰かの暮らしの一端を自分も共有しているようで、どこか不思議な気持ちに。
料亭の趣を今に伝える「枡」
「枡(ます)」は、明治時代には料亭として使われていた建物で、昭和を代表する詩人・三好達治をはじめ、多くの文人が足を運んだと伝えられています。
広々とした三和土(たたき)の玄関や吹き抜けに立つ立派な柱は、料亭として使われていた頃の名残です。歌舞伎役者を描いた浮世絵や豪華な金屏風が室内を華やかに彩り、当時の雅な文化が感じられます。
ほかにも、かつて和菓子屋だった建物をもとにした「井桁(いげた)」や「七宝(しっぽう)」、漁師として成功した家に由来する「麻の葉」や「鱗(うろこ)」など、どの客室にもそれぞれ異なる物語があります。だからこそ、訪れるたびに違う部屋に泊まるというリピーターがいるのも納得できます。
夕食
福井の恵みを味わう極上フレンチ
吉野建氏プロデュースの美食は、レストラン「タテルヨシノ 三國湊」でしか味わえない特別なもの。日本だけでなく本場フランスでもミシュランの星を獲得し、日本人シェフの存在感を世界に示した巨匠の料理を楽しみに全国の美食家が訪れるそうです。
クラシカルな雰囲気をまとったレストラン棟に一歩入ると、ライブキッチンではシェフたちの調理風景が見られ、活気に満ちています。さらに奥に進むと、この地域でもひときわ大きい土蔵を改装した特別な部屋があり、ここでの食事が晩餐をより華やかに彩ります。
福井の旬の食材を活かしたフレンチのフルコースは全9品。
一品目から福井の名産である甘エビや板わかめに加え、下にフォアグラを忍ばせたカリフラワーのムースなど、三種の味わいが登場。さらに、和の要素が強い鯖のへしこをアミューズとして上品に仕立てています。
せっかくなら料理と一緒にお酒も楽しみたいところ。ペアリングプランは3~5杯から選べ、あらかじめ銘柄が決まっているのではなく、ソムリエが食事の進み方に合わせて、最適な一杯を紹介してくれます。
最初の乾杯はシャンパンから。フルーティな香りが広がり、エレガントな味わいが繊細なアミューズの風味を引き立てます。
続く料理は、卓越したソースが味わいをさらに深める一品。弾力のあるホタテを軽く焼き上げ、その上に旬のトリュフを。完熟した万願寺とうがらしとイチジクの葉を使った2種類のビネグレットソースが、見た目にも味わいにも彩りを添えます。
魚料理には、若狭湾でとれた新鮮な魚介が満を持して登場。古来、朝廷から御食国(みつけくに)と称えられてきた福井の食材は、その質の高さは折り紙付きです。
余熱でじっくり温めたあんこうはまるで刺身のようで、ベーコンの塩味が上品な旨みを引き立てます。地元産の甘えびをふんだんに使った濃厚なソースも、料理の完成度を高めています。
いよいよメインの肉料理ですが、まずは香りと見た目で楽しませてくれる演出から。フランス産ゲランド塩と自家製ハーブで固められた塩釜にナイフを入れると、若狭牛を包んだイチジクの甘い香りがふわりと立ち上ります。
県外にはほとんど流通しない希少なブランド牛・若狭牛は、蒸し焼きにすることで驚くほどやわらかく仕上がります。そこにボルドー発祥の伝統的なソースを合わせることで、肉本来のコクと旨みが一層引き立ちます。
「オモニエール(巾着袋)」というかわいい名前のデザートは、パティシエが丁寧に仕上げた一品。クレープ生地の中には、上品な甘さのマロンクリームと栗の甘露煮がたっぷり包まれています。さらに周りには、福井県産のブランドさつまいも・とみつ金時が彩りを添えています。
最後のプティフールまで、福井の豊かな秋に満たされた、心温まるディナーのひとときでした。
「オーベルジュほまち 三國湊」では現在、2026年3月31日までの期間限定で、越前がにを堪能できる特別ディナーコースも提供中。冬の王者と称される最高級の越前がにを、吉野シェフならではのフレンチで味わうぜいたく。旬の食材と技が融合した、ここでしか出合えない珠玉のひと皿を楽しめます。
食後の一杯
福井の地酒で締めくくる夜
夕食を終える頃、町にはより深い静けさが満ち、落ち着いた夜の気配が漂いはじめます。余韻をもう少し楽しみたくて、地酒が待つフロント棟へ向かいました。
チェックイン時と同じくカウンターには福井県産の日本酒が並び、本醸造、純米、吟醸に加え、珍しい山廃までそろっています。さまざまな酒器の中には伝統工芸の越前焼も用意されており、芳醇な香りとともにゆったりと夜の時間が流れていきました。
朝食
素材が際立つ優雅な朝食
翌朝は、曇り空に小雨が混じる北陸らしい天気。客室棟からレストランへ向かう途中、雲の切れ間からふっと青空がのぞき、この土地特有の移ろいやすさを実感します。レストランの前ではスタッフが笑顔で迎えてくれ、その明るさに気持ちも軽やかになりました。
夕食同様に朝食もコース仕立てで、最初は季節のスープまたはフルーツジュースから始まります。この日は、トマトをベースにした冷製スープ(ガスパチョ)が提供され、フランス・バスク産エスペレット唐辛子のほどよい刺激が、食欲をそそるアクセントに。
年間160種類以上の農産物を育てる福井市の「ワトム農園」から届く野菜は、新鮮さをそのまま味わえるサラダで。野菜本来の味わいを引き立てるため、ドレッシングは人参と玉ねぎを使った控えめなビネグレットソースで仕上げています。
ヨーグルトには、福井県内の山々をミツバチとともに巡り採蜜する「大沼養蜂園」のはちみつを添えて。複数の花からとれた蜜が合わさることで生まれる奥行きのある甘さは、一口でもその変化を楽しめるほど豊かです。
フランス南西部の伝統料理「ポタージュ ガルビュー」は、野菜と白いんげん豆がたっぷり入った具だくさんのスープです。カモのコンフィを加えて煮込むことで、味わいに深みと豊かさが生まれ、発酵バターを使ったミルクパンとも相性抜群です。
最後を飾るのは、全国的にも有名な福井県産のそば粉を使ったガレット。パリッと焼き上げた生地の中には、ほうれん草、ハム、チーズ、マッシュルームなど朝食にぴったりの具材が入り、濃厚な温泉たまごが全体をまとめます。さらにとみつ金時のやさしい甘さも加わり、塩気と甘さのバランスが絶妙な、奥行きある味わいに仕上がっています。
帰り際、朝の雨に濡れてみずみずしく輝く中庭に目が留まりました。吉野氏は、渡仏時に訪れたモネの庭(ジヴェルニー/フランス北部にある画家クロード・モネが自ら造り上げた庭園)に深い感銘を受けたといいます。その思いが反映されているかのように、中庭ではイチゴやブルーベリーなど果実のほか、菩提樹やイチジクの葉といった料理やハーブティーに使われる植物が丁寧に育てられています。
アクティビティ
三国湊の歴史や文化を知る「まち歩き」
「オーベルジュほまち 三國湊」では、“まち歩き”をはじめ、この土地の歴史や文化に触れられるアクティビティ(有料)を用意。宿泊プランに組み込まれたものもあり、滞在の楽しみが広がります。今回は朝食を終えたあと、ガイド付きの「龍翔博物館・瀧谷寺コース」に参加しました。
最初に訪れたのは、三国湊を語るうえで欠かせない三国港。ここは越前がにの主要な水揚げ港として知られ、競りが早朝ではなく夕方に行われるのだそう。
丘の上に建つ「龍翔博物館」では、三国湊の歴史や文化をわかりやすく紹介しています。五層八角形の特徴的な建物は、明治時代に建てられた龍翔小学校を復元したもの。瓦屋根とアーチ型の窓が組み合わさった和洋折衷のデザインは、多様な文化が行き交ってきた三国湊の気風を象徴する存在です。
地域の特産である笏谷石や、日本各地を行き来した北前船の模型も展示されています。
300年以上の歴史をもつ三国祭の山車(だし)も見ることができます。高さ約7メートルの山車が堂々と並ぶ姿は迫力満点。5月中旬の祭りでは、これらの山車が民家すれすれの道を進むと聞き、春の三国湊にも足を運びたくなります。
南北朝時代に創建された瀧谷寺(たきだんじ)は、戦国大名・朝倉氏や柴田勝家らの庇護を受けてきた由緒ある寺院です。本堂へと続く椿の並木道には、静かで厳かな空気が漂っています。
春になると、隣り合って植えられた梅と桜が同じ頃に開花するのだとか。その珍しい景色を地元の人たちも心待ちにしていると聞き、この地域とのつながりの深さを感じます。
時間が合えば、住職が直接案内してくれることもあります。国の重要文化財である本堂や観音堂の中で伺うお話はどれも興味深く、この地に受け継がれてきた長い歴史に、悠久の時の流れを感じました。
境内の奥には、ツツジや松が彩る池泉庭園(ちせんていえん)が広がっています。池を中心に景色を楽しむ日本の伝統的な庭園様式で、瀧谷寺の庭は国の名勝にも指定されています。時間に余裕があれば、縁側に腰を下ろして庭を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごすのもおすすめです。
相談すれば、福井を代表する景勝地である東尋坊や雄島などもコースに組み込んでもらえます。
パワースポットとして知られる雄島は、古くから「神の島」とあがめられてきた場所。赤い橋を渡ると断崖や静かな森が広がり、どこか神聖な空気に包まれた景色が迎えてくれます。
初めてでも楽しめる「三味線体験」
まち歩き以外にも、伝統体験を通して三国湊の文化に触れることができます。ここにはかつて、芸妓や舞妓が行き交うにぎやかな花街があり、その名残が今もあちこちで見られます。
アクティビティのひとつとして、三味線の体験も用意されています。指導してくれた芳村竹世志さんは、人間国宝・芳村伊十郎氏から芸名を授かった方で、50年以上にわたり三味線の音色をこの地域で受け継いでいます。
未経験でも、三味線の持ち方やバチの当て方から丁寧に教えてもらえるので、30分ほどで譜面を読み、なんとか演奏できるまでに。最後には先生によるお座敷唄や江戸小唄も披露していただき、この地域で大切にされてきた粋な文化に触れることができました。
「三国湊には観光で知られる場所もありますが、滞在してはじめて見えてくる日常があるんです。私たちはそれを“異日常”と呼んでいて、そこからお客様が新しい発見や出会いを見つけてくださることを願っています」と、「オーベルジュほまち 三國湊」のスタッフは話します。
その言葉のように、地域の人たちと触れ合う時間があることで、三国湊での思い出はさらに温かいものになっていきます。
「オーベルジュほまち 三國湊」という名前は、北前船が出航前に良い風を待って停泊する状態を意味する「帆待ち(ほまち)」に由来しています。北前船は波が穏やかになるのを待つ間、積み荷を売ったりして収入を得ており、そこから三国では子どものお駄賃やご褒美のことも「帆待ち」と呼ぶようになりました。
豊かな食や文化に出会えるこの地域での滞在は、まさに“ご褒美”そのもの。風よ、まだ吹かないで——そんな気持ちになるのは、きっと当時の船乗りたちも同じだったことでしょう。
オーベルジュほまち 三國湊
- 住所
- 福井県坂井市三国町南本町3-4-39
- アクセス
- JR「芦原温泉」駅より送迎車(要予約)で約20分
えちぜん鉄道「三国」駅より徒歩約8分 - チェックイン
- 14:00
- チェックアウト
- 11:00
- 客室数
- 16室
- 駐車場
- あり(無料)
取材・文/浅井みらの 撮影/岡村智明
