南アルプスを四方に仰ぐ、山梨県南西部の町・早川町。日本一人口が少ないこの町に、1300年以上にわたって湯を守り継いできた宿「西山温泉 慶雲館」があります。西暦705(慶雲2)年の開湯以来、源泉は一度も途切れることなく湧き続け、2011年には「世界で最も古い歴史を持つ宿」としてギネス認定されました。
2026年3月には野天風呂やロビーのリニューアルが完了。長い歴史の重みを受け継ぎながら、現代の快適さも備えた宿へと進化を遂げています。
アクセス・チェックイン
山深い渓谷にたたずむ世界最古の温泉宿へ
「慶雲館」へのアクセスは、電車を利用する場合は、静岡駅または甲府駅でJR身延線に乗り換えて身延駅へ。そこから送迎バス(1日1便、要事前予約)で約50分です。車の場合は、中央自動車道または東名高速道路を利用し、山梨県道37号南アルプス公園線を経由して向かいます。
宿の敷地内に入ると、雄大な山々を背にした趣ある建物が現れました。堂々とした和のたたずまいが、歴史ある宿にふさわしい風格を感じさせます。
館内の一部は、2026年3月にリニューアルされたばかり。中へ入ると、刷新されたロビーが広がります。落ち着きのある和モダンな内装で、間接照明が温かみを演出。山に向かって大きく取られた窓からはパノラマの絶景が望め、開放感に満ちた空間です。
ロビーの椅子に腰掛けて、渓谷の眺めを楽しみながらひと息。夕刻になると山がライトアップされ、日中とはまた違った幻想的な表情を見せてくれます。朝食後にはコーヒーも用意されているので、時間帯を変えて何度も訪れたくなります。
705(慶雲2)年、藤原鎌足の長男である藤原真人により発見、開湯された西山温泉が起源とされる「慶雲館」。湯治場として武田信玄をはじめ多くの名将が体を癒やし、徳川家康も二度訪れたと伝えられています。
1997年には料理や客室にもこだわった観光旅館として大きく生まれ変わり、1300年以上にわたる歴史を今に伝えています。2011年には「世界で最も古い歴史を持つ宿」としてギネス世界記録に認定。フロントには公式認定書が飾られています。
温泉
受け継がれてきた名湯を6つの湯処で堪能
「慶雲館」最大の魅力は、なんといっても温泉です。1300年前から湧き出る旧源泉と、2005年に敷地内を掘削して掘り当てた新源泉の2種類を湯温を見極めながら調整し、加水や加温をせずに最適な状態で浴槽に注いでいます。
新源泉だけでも毎分1,600リットル以上という湧出量は全国トップクラスを誇り、大浴場だけでなく客室のお風呂や給湯まで、館内のあらゆる場所で温泉を使用。このように100%源泉かけ流しを徹底している温泉宿は、全国でもごくわずかなのだとか。
景色と溶け込む野天風呂をはじめとした大浴場は、8:00~20:00、20:00~8:00で男女入れ替え制。そのほか、貸切風呂も含め多彩な6つの湯処がそろい、時間の許す限り湯めぐりを満喫できます。
野天風呂「望渓の湯」
「慶雲館」の顔とも言える野天風呂「望渓の湯」は、今回のリニューアルで大きく装いを新たにした浴場の一つ。檜の桶風呂が新しくなり、正面の垣根が取り払われたことでより自然との一体感を味わえるようになりました。浴槽の底には御影石が敷き詰められ、滑り止めの役割を果たしながら、足裏から伝わる心地よい感覚も楽しめます。
「慶雲館」の湯の泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉で、pH9.6の低張性アルカリ性高温泉。美肌の湯として知られ、なめらかで肌にまとわりつくような湯触りで、体の芯まで温まりました。
眼前には幾重にも重なる山々がそびえ、雄大な景観。大自然のスケールを全身で受け止めながら湯に浸かることができます。
サウナもリニューアルにより一新。80~100度の本格的な高温サウナに生まれ変わり、窓の向こうには雄大な自然が広がります。野外の水風呂は旧源泉を少しずつ流し入れて温度を調節しており、サウナ後のクールダウンもこの上ない爽快感です。
渓流野天風呂「白鳳の湯」
町名の由来となった早川の渓谷を望む、野天風呂「白鳳の湯」。浴槽にはこの地で産出される白鳳石をふんだんに用い、野趣あふれる風情が秘湯らしい雰囲気をかもし出します。
リニューアルで新たに加わったのが、かつて湯治宿だった時代の洞窟風呂をイメージした空間です。岩に囲まれた中に身を沈めると、源泉が流れ込む音が静かに反響し、不思議と気持ちが落ち着きます。
新設された岩盤浴には、早川町雨畑地区で採れる雨畑石(あめはたいし)が敷き詰められています。伝統工芸品「雨畑硯(あめはたすずり)」の原料としても知られるこの石は、遠赤外線効果があるとされ、50~60度の室内で寝転んだり座ったりと、思い思いにくつろげます。
展望風呂「桧香の湯」「石風の湯」
最上階の4階に位置する展望大浴場「桧香の湯」の浴槽には、樹齢2000年を超える古代檜を使用。今回のリニューアルで天井も含めて総張り替えが行われ、爽やかなヒノキの香りが場内いっぱいに広がります。
大きな窓の向こうには山々が広がり、まるで絵画のような美しさ。広々とした浴槽の隣にはジェットバスもあり、泡の心地よい刺激が心身をほぐしてくれます。
「桧香の湯」に隣接する「石風の湯」は、大理石の浴槽が特徴。旧源泉由来のほのかな硫黄の香りが温泉情緒を引き立て、窓の向こうにはパノラマの山並みが広がります。
泉質は「桧香の湯」と同じですが、空間の雰囲気はまったく異なるので、男女入れ替えのタイミングでぜひ両方に浸かって違いを楽しんでください。
貸切野天風呂「川音」「瀬音」
1階には貸切野天風呂「川音」と「瀬音」の2室があり、24時まで利用できます(1回45分)。各階のエレベーターホールに使用状況がわかる表示板が設置されているので、空いているのを確認してから向かいましょう。
「川音」「瀬音」ともに石造りで、貸切風呂とは思えないほどゆったりとした広さ。東屋が設けられているので、雨の日でもゆっくり湯浴みができます。清流のすぐそばに位置し、川の流れる音をBGMにプライベートなひとときを過ごせる特別な空間です。
歴史資料室
新設の歴史資料室「慶雲の歩路」で歩みを知る
今回のリニューアルで新たに設けられたのが、歴史資料室「慶雲の歩路(かちじ)」です。
古語で「徒歩の旅路」を意味する「歩路」の名を冠したこの空間には、慶雲館が歩んできた1300年余りの歴史が凝縮されています。地元の方たちが語る「慶雲館」の思い出や南アルプス周辺の自然、温泉採掘の記録などがわかりやすくまとめられていました。
中でも貴重な展示が、家宝の銅鑼(どら)です。これは、武田家の重臣・穴山梅雪から奉納されたと伝わるもので、戦国時代にもこの地が湯治場として大切にされていた証と言えます。
1300年の歩みを知ることで、滞在がいっそう豊かに感じられるはず。チェックイン直後や湯めぐりの合間などに、立ち寄ってみてください。
客室
和室(本間12畳+次の間6畳)
客室は和の意匠を凝らした全22室。すべての部屋に近隣の山や川、樹木の名前が付けられています。今回宿泊したのは1階の和室「釜無川(かまなしがわ)」で、本間12畳に次の間6畳と広縁が続く、66平米のゆとりある造り。畳に布団を敷くスタイルで、最大7名まで宿泊できます。
各部屋に掛けられた掛け軸はすべて現代作家による書き下ろし。本間には丸山樂水さんによる迫力ある「岳」の書が飾られていました。
客室のお風呂も、もちろん源泉かけ流し。給湯からシャワーまでお湯はすべて源泉を使用していて、蛇口をひねれば温泉という何ともぜいたくな造りになっています。
温泉水は飲用もできるので、湯上りに一口味わってみるのもおすすめです。浴室と洗面台にはボディソープ、シャンプー、コンディショナー、基礎化粧品などが一通りそろっています。
ウェルカムドリンクは柚子蜂蜜ドリンクで、爽やかな甘さが喉を潤してくれます。お着き菓子の「山塩ようかん」と「ぴりり椎茸」とともにいただきました。そのほか、冷蔵庫内には山梨の銘茶「甲斐のみどり南部茶」も用意されています。
館内着には着心地のよい浴衣を用意。作務衣付きのプランもあり、館内ではゆったりとくつろいで過ごせます。
源泉かけ流し露天風呂付特別客室
3階には露天風呂付きの特別客室が2室あります。そのうちの一室「農鳥岳」は、61.4平米で定員5名。12畳の和室に4.5畳の次の間、椅子に座ってゆったりくつろげるテラスを備えています。
客室に設えられた檜の露天風呂からは山の景色を独り占めに。目の前を流れる早川のせせらぎを聞きながら、好きな時間に何度でも源泉かけ流しの湯を堪能できます。
夕食
山河の幸を存分に味わう「深山会席」
夕食の「深山会席」は個室にて。季節に合わせて内容が替わる会席料理で、深い山々に囲まれた土地の恵みを活かし、基本的に海のものは使わず、地元で採れた山河の幸を中心に構成しているのが特徴です。できたての温度にこだわり、一品ずつ丁寧に提供されます。
この日の「弥生の宴」は春の山菜をふんだんに盛り込んだ内容で、リニューアルオープン直前の特別メニューだったため海産物も登場しました。
前菜は、「あけぼの大豆南部煮」「カラスミ大根」「山菜ディップ」「蕗の薹(ふきのとう)味噌」「菜の花とホタルイカからし和え」「海老ときびなご手綱寿司」。蕗の薹味噌は春らしいほろ苦さが食欲をそそり、毎年これを楽しみにしている常連客も多いのだとか。山菜ディップにはウドを使用しています。
地元で豊富に採れる筍(タケノコ)を香ばしく焼き上げた「筍の木の芽焼」。
こごみなど春の山の幸がたっぷり入った「山菜の粕汁」。
川魚を盛り合わせたお造り「茜鱒(あかねます)重ね造り」。こだわりの養殖法で育てられた茜鱒は脂がのっていながらくどくなく、肉厚でフレッシュな味わいです。
淡泊な白身のような五月鱒も「慶雲館」が地元の生産者とともに味を追求して育てたもので、酢味噌につけていただきます。添えられた特産品の身延湯葉(みのぶゆば)もいいアクセントです。
お酒のラインナップも充実していて、山梨の地酒やワインがそろっています(別途有料)。この日は、山梨銘醸の春限定の純米生酒「七賢 春しぼりおりがらみ」を合わせました。いろいろな銘柄を試したい方には、七賢の三種飲み比べセットもおすすめです。
トロトロのカブにタラの芽や京人参、もっちりとしたあわ麩を詰めた「蕪釜味噌射込み」。
どんぐり粉を練り込んだ「どんぐり麺」は、つゆをつけて。ほどよい弾力でつるつると喉を通っていきます。どんぐり麺は身延山久遠寺を開いた日蓮聖人も精進料理として食していたという歴史あるもので、かつては不老不死の食べ物とされていたのだそう。
口の中でほろほろと崩れる、やさしい味わいの「桜鯛のけんちん蒸し」。
名物の「甲州牛溶岩焼き」はA5ランクの特選甲州牛のサーロイン、肩ロース、内モモの3部位を提供。
溶岩プレートは最もおいしく焼けるものを追求し、富士山2合目で採れたものを使用しています。口に入れるととろけるような脂の甘みが広がり、ポン酢、胡椒、塩、柚子胡椒の4種を好みでつけながら味わいました。
締めは、「筍と信玄どりの炊き込み御飯」。山と川の恵みでこれほど多彩な味わいを生み出せるのは、この地ならでは。一品一品にこだわりが感じられ、深山の食の豊かさを存分に味わえた夕食でした。
ライトアップされた「望渓の湯」へ
食後は、夜の温泉を満喫。「望渓の湯」は夜になるとライトアップされ、立ちのぼる湯けむりを幻想的に照らし出します。浴槽がほのかに浮かび上がっているようにも見え、昼間とはまた異なる情景に心を奪われました。
朝食
地元の恵みが詰まった朝ごはん
朝食も夕食と同じく個室での案内。卓上には地元の食材を取り入れた和の一品が並びます。
目玉は、身延産の大豆を使った豆乳から作る、できたての豆腐。目の前で火にかけて仕上げるスタイルで、とろりとなめらかな口当たりを味わえます。ほかにも、刺身こんにゃくや茄子の南蛮漬けなどの5種盛り、卵焼き、信田巻きなど品数豊富。山里の滋味あふれる品々に大満足の朝ごはんでした。
慶雲2年の開湯以来、53代にわたり歴史を紡いできた「西山温泉 慶雲館」。リニューアルで現代的な快適さを備えながらも、渓谷の絶景や山の恵みを生かした料理、温かなおもてなし、そして圧倒的な泉質の温泉は変わりません。
守るべきものを守り、時代に合わせて進化する。その姿こそが、1300年続く理由なのだと滞在を通じて実感しました。
西山温泉 慶雲館
- 住所
- 山梨県南巨摩郡早川町湯島白沢83
- アクセス
- JR身延駅より送迎バスあり(1日1便、要事前予約)
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 10:00
- 客室数
- 22室
- 駐車場
- あり/60台(無料※予約不要)

